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有賀泰治ブログ

マテーラ

マテーラ、南イタリアのここも牧草地帯の中にオリーブの木が植えられている、丘陵ののどかな田園地帯にあります。

 

「滞在時間はあまりないので、ひたすら歩いて観光してください」とのガイドさんのアナウンス

 

 

イタリア的な田舎の町を通り抜けると、旧市街地区の石灰質の岩肌に作られた「サッシ」と呼ばれる洞窟住居があります。

「マテーラの洞窟住居」は1993年にユネスコの世界遺産に登録され、2019年の欧州文化首都に選ばれています。

 

サッシ(石・岩を意味すそうです)は、マテーラにおいて洞窟住居を意味していて、マテーラのあるグラヴィナ渓谷は石灰岩の侵食により形成され、渓谷にはこのサッシが何層にも重なって存在しています。

このサッシがいつ頃から作られたかは不明のようで、マテーラ周囲からは、旧石器時代の出土品も発見されているため、かなり古くから人々が住んでいたと考えられている。

8世紀から13世紀にかけて、東方からイスラム勢力を逃れた修道僧が住み着き、130以上の洞窟住居を構えていたといわれています。

15世紀から16世紀には、オスマン帝国に追われたアルバニアやセルビア人などが移住。

当時マテーラを支配していた領主の圧政時代もあったとか。

1663年にバジリカータの州都となり繁栄期を迎える。しかし1806年にポテンッアに州都が移され、その後の経済逼迫の影響もあり衰退していく。

↓ 足元の地面のくぼみは石灰岩をくり抜いた お墓

 

 

長らく小作農民の住居であったサッシは、南イタリアの貧しさの象徴的な見方がなされた。

周辺の農耕地帯もオーリーブと牧草だけの景色、痩せた土地というイメージがあり、この辺は貧しかったんだなという印象になります。

洞窟住居 有料で見学

人と家畜が同居していて、昔の日本の農家と同じですね。寝室やキッチンは入り口近くにあり、奥に行くほど穀物の貯蔵や収穫後の加工場になっています。

 

洞窟は奥に行くほど入り口より低く傾斜しているので、外から流れてきた雨水を低い場所に貯めるようにできています。

 

 

19世紀までは比較的快適な住環境であったが、20世紀初頭より、人口が急速に増加し、元々は畜舎であった採光も水の流れも劣悪な洞窟も住居として使用されるようになった。

そのため衛生状態も極度に悪化し、乳児の死亡率は50%に達した。 行政当局としてもこの状態を放置できなくなり、1950年に法整備を行い、これにもとづきマテーラ郊外に新たな集合住宅を建設し、サッシ地区の住民を強制的に移住させた。

この結果、サッシ地区は無人の廃墟と化す。しかし150以上の石窟聖堂や3,000戸ほどの洞穴住居、地下水路で各戸の貯水槽に上水を供給するシステムなど、ユニークな文化的資産が見直され、1993年にユネスコの世界文化遺産に指定された。

これを契機に訪れる観光客も増え、これを対象とした宿泊施設、食堂、工芸品の販売店などが増え、現在は洞窟住居の5分の1ほどが再利用されている。

 

南イタリアのアルベロベッロ、マテーラと、今までローマ帝国の影響を強く受けた街とは違い、イタリアの田舎感が新鮮に感じました。

 

 

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