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有賀泰治ブログ

10月の経営方針共有勉強会

経営方針共有勉強会
《 挑戦 》

2020年10月01日
有賀泰治

1、挑戦

 2020年3月1日の東京マラソンで、大迫傑選手が自身の日本記録を塗り替え、東京五輪の代表内定へ大きく前進した。
2019年秋の代表選考会では、五輪内定に次点の3位。その後の選考レースで誰かが日本記録を更新しない限り、出場権を得られるため、“待って”内定を狙う選択肢もあった。
だが大迫選手は、この期間を“新しい自分を発見する好機”と捉え、自ら切符を奪いに行った。2ヶ月半のケニア合宿に初挑戦。“長距離王国”選手たちと徹底して走り込み、自分を追い込んだ。こうして積み上げた自信と実力が勝負どころで光った。終了後のインタビューで「自分への挑戦だった。次へもつながる」と語る姿が印象的だった。
時を「待つ」のではなく、時を「つくる」・・・その姿勢は、まさに人間革命だ。目の前の課題に対して“チャンス”と捉えて挑んでいくか、“仕方がない”と一歩引いてしまうか。結果はともあれ、“挑戦”を選択し、努力を続けていく人生には限りない充実がある。
「自分に挑戦し、自分に負けなかった人が、大きく自分を広げていける。また、最高の人生の思い出、財産をつくることができる」

2、勝負の鉄則

2019年、令和最初の大相撲は、平幕に朝乃山が優勝を飾った。富山県出身の力士優勝は、明治から大正にかけて活躍した横綱・太刀山以来、実に103年ぶりである。朝乃山は小学校の時、太刀山の遺族の寄付によって誕生した「太刀山道場」に通った。しこ名の「山」は「太刀山」の意味も込められている。56連勝や、幕内での勝率が約9割に達するなど、太刀山は抜群の強さを誇った。
「四十五日(一月半)」・・・太刀山の突っ張りはそう呼ばれていた。「一突き半」で相手を土俵の外に飛ばしたからである。相撲では「押して勝つ」ことが極意といわれる。相手がどう出てくるかを待つのではなく、まず自らが前に出て、攻めていく。この鉄則は、あらゆる勝負に通じよう。

3、目標へ、具体的に、一歩ずつ、できることから挑戦する “楽観主義”

2020年3月、東京五輪・女子マラソン代表の最後の一枠を懸けた8日の選考レース。日本歴代4位の2時間20分29秒で、夢の切符をつかんだのは、22歳の一山麻緒選手だ。
直前の合宿では目標の“2時間20分台”を体にたたき込んだ。5kmを16分40秒のペースで6本(30km)、もう2本(10km)でペースをさらに上げる計40kmの過酷な練習を重ねたことが、自信につながったという。
本番も練習通りにm30km付近でペースアップ。30〜35km区間を、この日最速の16分14秒で刻み、先頭を独走した。強い雨と寒さの悪条件にも、「やってきた練習は雨なんかに負けない」と動じなかった。それどころか、「こういう(悪天候の)日に、五輪を決めたからかっこいいと思った」と笑う前向きな姿が印象的だった。
何事も、目標達成への近道はない。どんな逆風に遭っても、楽観主義で挑み続けていくからこそ目標に近づける。ただ、この楽観主義とは、努力を怠り、“どうにかなるだろう”という生き方ではない。万全の手を尽くす中で磨かれる、不屈の異名である。
楽観主義の人は強い。何が起ころうとも、いい方向へ、楽しい方向へ、前向きの方向へと受け止めていける。

4、遊楽

昭和の大女優・高嶺秀子さんが養女を迎えたのは、80代半ばの時だった。「かあちゃんは、自分が年をとったと思ったのは、いつ?」と娘から尋ねられ、「今日できることを明日に延ばした時」と、即答したという。
「それは何歳の時?」との質問には「74歳」と。料理や読書に励み、規則正しい生活をおろそかにしない。より良い人生について、生涯問い続けた。そんな母・高嶺さんには「己を律する心が、微動だにせず存在し続けていた」と娘は振り返っている(『類型的なものは好きじゃないんですよ』河出書房新社)
中国のことわざに「身体の老いは恐れないが、心の老いが恐ろしい」と。心の老いとは、意欲や気力を失うことともいえよう。社会や生活状況の変化に直面した時こそ、“自分はこう生きる”という哲学があるか否かが問われてくる。
人間はこの地球上に楽しむために生まれてきた“衆生所遊楽”の人生こそ真実の人生。
遊楽とは、うわべの楽しみではない。豊かな生命力と知恵で逆境も成長の舞台に変え、生涯青年の心で“今できること”に挑戦していく。それが真の「遊楽」の生き方。

5、青年の心で挑戦

「もともと僕は、落語家になるつもりなんて、少しもなかった」と語るのは、林家木久扇氏。18歳で会社に就職するも、4ヶ月で退社。漫画家に弟子入りした。
作品が雑誌に掲載され、漫画家として歩みはじめた4年目のこと。師匠から、「絵が描けてしゃべれたら売れるぞ、ちょっと落語をやってみたら」と言われた。漫画の取材のつもりで、三代目桂三木助に入門。そして、そのまま落語家になった。
収入の少ない前座時代は、雑誌の挿絵を描き、生活費を工面したことも。苦労はあったが、後悔はないという。「飛び込んだ後で、状況や環境を自分の意に沿うようにしちゃえばいい。『ああ、こっちでよかったんだ』と思える生き方を、自分でつくっちゃえばいいんですよ」と氏。2020年、高座60周年を迎えた。(『イライラしたら豆を買いなさい』文春新書)
人生、思ってもみなかった道に進むことがある。それを“なぜこんなことに”と嘆くより、“新しい自分になるための舞台”と捉えれば、その瞬間から可能性の扉は開いていく。
たとえ失敗しても、へこたれずに努力したことが、全部、自分の揺るぎない根っことなる。根が深いほど、木はたくましく育つ。青年の心で挑戦し、強い根を張る。

6、自分のためだけでない挑戦

車いす生活を送りながら、書家として活躍している青年がいる。小学校6年の時、交通事故で重い障がいを負った。何度も絶望のふちに立たされた。しかし家族や友人の支えもあり、見事に“復活の劇”を演じてきた。
「二度と動かないでしょう」と医師から告げられた手。“絶対に動かして見せる”と祈り、つらい治療に耐えた。そして動いた!
「立つことは無理」と言われた足。だが、介助が有れば歩けるまでに回復した。
もともとリハビリのために始めた書道だったが、その才能が開花する。躍動感あふれる書の数々。彼の作品展はメディアでも大きく紹介され、反響を呼んだ。「僕が頑張れば、周りも元気になってくれる。だから努力は怠れませんよ」そう語り、筆を走らせる姿が凛々しかった。
自由とは何か・・・!
自分のことだけを考えて楽をする。それは自由ではなく、わがまま。つらいこと、嫌なことはしない。それは逃避。そうした生き方を続けていると自分の可能性は狭まり、逆に不自由になる。
困難の壁にぶつかっても希望を捨てない。自分らしく一歩でも1ミリでも挑戦を続け、可能性を開いていく。その生き方こそ、真の自由と満足がある。そして真の幸福がある。伸び伸びと活躍ずる青年を見て、そう感じた。

7、未来を向く挑戦

映画界の巨匠・黒澤明監督が、ある表彰式で質問を受けた。
「あなたの作った映画で何が一番傑作ですか?」。「羅生門」「七人の侍」・・・“候補”は数えきれない。だが黒澤監督は答えた。「傑作はありません」
うまく伝わらなかったのかと、同じ質問が繰り返された。監督は再び答えた。「芸術家にとって、傑作というものはありません。あるとすれば、それは未来の作品です」
この有名な逸話を通して、哲学者の梅原猛(たけし)氏は語る。出来上がったものに満足せず、いつも未来に傑作があると思う・・・
これが本当の芸術家、学者の偽らざる心であるいと(『学ぶよろこび』朝日出版社)
“次こそ” という心を持つ人は、常に向上していく。
今日より明日へ、前を向く心から“人生の劇”は生まれる。自分らしく挑戦を重ねる“名優”でありたい。

8、知恵と工夫で挑戦

「伸(しん)身(しん)の真月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」・・・2004年、アテネ五輪の体操男子団体決勝。
日本が28年ぶりに金メダルを獲得した際の、刈屋富士雄氏による名実況中継だ。
氏が “スポーツ取材の原点” と語るのは、ある高校野球部を取材した時のこと。その高校の運動場は、テニスコートが一面あるのみだった。
野球部のベースは、二つだけ。一塁手と二塁手のノックが終わると、今度は反対側から三塁手と遊撃手にノック。
外野練習は、校舎の3階からボールを投げ入れる。
氏は「こんな環境で練習する意味があるのか」と監督に質問した。監督の答えは「いい環境を求めたらきりがない」。限られた条件の中で、何ができるかを一生懸命に考えれば、アイデアは次々と生まれてくる。
「環境は有限だが発想は無限」と(『今こそ栄光への架け橋を』海竜社)
境遇をどう捉えるかは、人によって千差万別だ。前向きに生き生きと仕事や勉学に励む人と、周囲へ文句ばかり口にする人では、同じ場所にあっても大きな違いが生じる。
コロナ禍で日常のさまざまな行動制限が続くが、知恵と工夫で新たな挑戦を開始したい。一人の前進が、周囲の前進となり栄光への架け橋となる。

9、歯を食いしばって前進

作家の松本清張氏が、取材で海外を訪れた時のこと。途中、目的地への飛行機が飛ばず、連日にわたって足止めされた。
ホテルで待機の日が続く。抱える連載が数本あるが、手元には原稿用紙がない。同行の編集者は機転を利かせ、ホテルに備え付けのレター用紙にマス目を引き、手作りの原稿用紙が完成した。
その束を手に松本氏の部屋へ。すると氏が振り返り、「きみ、作家の条件って、なんだと思う?」と。編集者の「才能でしょう」との答えに氏は言った。
「ちがう。原稿用紙を置いた机の前に、どれくらい長く座っていられるかというその忍耐力さ」翌日も翌々日も、氏は部屋にこもり、じっと机に向かっていたという。(『松本清張の世界』文春文庫)
人生は予期せぬ出来事の連続ともいえる。苦境の打開に奔走していても、その場で足踏みをしているような、焦燥感(しょうそうかん)に駆られることもある。しかし、どんな長編小説も一枚一枚の原稿の積み重ねであるように、挑戦の一歩一歩が、未来を着実に開いていく。

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